騎馬文化の東方拡散
諫早直人 敎授(京都府立大学)
鐙は現代乗馬において欠くことのできない馬具の一つである。しかしながら、その出現時期については、ウマ家畜化や乗馬の開始よりもかなり新しいことが世界各地における考古学の進展により明らかとなっている。起源についてはいまだ未解明の部分もあるが、現代にまでつながる鐙は、いまからおよそ1700年前、西暦300年を前後する頃の中国周辺で発明され、時差をもちながらもユーラシアの東西に広がっていくことがわかっている。本発表で扱う東北アジアの中でも東端に位置する日本列島は、もともと馬という動物自体が棲息していなかったが、西暦400年を前後する頃に家畜馬が本格的に輸入されるのとほぼ同時に鐙を伴う騎乗が確認されている。本発表では東北アジア各地における鐙の出現や、それに伴う騎乗用馬具の変化に注目し、鐙の出現に伴う騎乗の普及が騎馬文化の東方拡散の直接的な契機となったことを明らかにする。また拡散の背景には西晋滅亡と五胡十六国の混乱があること、とりわけ東北アジアにおいては三燕(慕容鮮卑)の直・間接的影響が看取されることを指摘する。